株式会社レキオス

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レキオス・スタジアム へ ようこそ!

まるで 「スタジアム」 のような会社。そう、可能性と期待感、そして安心感に溢れる株式会社レキオスは、沖縄県那覇市の新都心(おもろまち)にあります。

レキオスとの出会いは平成18年ごろ。 沖縄県の事業で団塊世代の移住に関するマーケティング調査を産官学で行った時のことです。 官は沖縄県産業振興公社、学は名桜大学、そして産は株式会社おきしん保証サービス、現在のレキオスです。

前身の社名にあるように、創業当時は、家賃保証や賃貸物件の管理を主たる事業としていた同社ですが、 それが今や、レキモ(レキオス・モバイル)などの通信事業、本社ビルを中心としたテナント事業、 管理物件のIOT化を推進する事業、児童養護施設卒業者の自立支援事業など、幅広く展開しています。

大学受験の失敗、創業、そして独りへ

「大学受験に失敗し、2ヶ月は予備校に通っていたんだけど…」 と笑顔で語るレキオス・宜保社長、そこに創業のきっかけがあります。

予備校に通い続けていたある日、安定感を求める自分自身に対し疑問を覚え、 10月には「七人の侍」のごとく仲間7名と家賃保証の会社を立ち上げます。 時は、バブル全盛期、彼らの周りにも建築や不動産関連で儲かっている友人・知人が多かったことから、 意気揚々と事業をスタートさせたのです。

しかしながら、若干20歳前後の青年たちには、信頼も実績も後ろ盾もありません。 やる気と勢いで飛び込み営業、話は聞いてくれるものの、最終的な契約とはなりません。 夢を持って起業したのに、運転代行やサトウキビ収穫などのアルバイトで生計をたてる日々に嫌気が差し、 ひとり、また、ひとりと仲間が離れていく。 そして、創業から6年目、平成7年12月25日に宜保社長は最後の 「サムライ」 となってしまったのです。

誰もが 安心して住める社会を つくりたい

たった独りになってもなお、家賃保証にこだわり続けた理由は、どこにあるのか。 保証は自分も頼みたくないし、人からも頼まれたくないもの。 そして、保証は迷惑をかけない前提で契約するのに、実際に迷惑がかる場合がある。 そのギャップがあるからこそ、人間関係を壊してしまう可能性を孕んでいる。 人の幸せや挑戦を応援するための保証が、人の不幸や凋落を招いてしまうこともある。 そこにこそ、保証の難しさがあり、レキオスがこだわる理由があるのです。

「誰もが安心して住める社会をつくりたい。困った人がスムーズに暮らせる社会をつくりたい。 そして自分たちが沖縄を支えたい」

それは、母子家庭で苦労した宜保社長自身の経験をもとに、創業以来、大切にしているレキオスの理念。 そしてそれこそが、レキオスらしさであり、レキオスの可能性なのです。

責任が伴わない正義感 から 安心感の提供へ

「レキオスに行けば、なんとかしてくれるよ」高齢者や障がい者、母子家庭の方などに、 物件を貸したくない家主の断り文句を聞き、一生懸命に直接交渉。 しかし、そう簡単に上手くはいかず、苛立ちを覚える日々が続きます。

そんなある日、家主の「経済的理由による滞納」「不始末による火事」「土日、深夜の緊急対応」 などの不安感を少しでも減らすことが、大切なのではという考えにいたります。

「責任が伴わない正義感」を振りかざすより、家主の不安感を、ひとつひとつ安心感に変え、課題を解決することに活路を見出したのです。 そこから、24時間緊急通報サービスの「レキオスホットライン24」などの様々な革新的なサービスが誕生します。

そうして「誰もが安心して住める社会をつくる」ためには、家主や不動産会社の不安感を無くしていけばいい。 と確信し始めた時、共済会という仕組みの存在を知ります。

共済会をつくれば、家主・不動産会社・借主に、より一層の「安心・安全」を提供できるとわかっているものの、 10万円のプロジェクターを購入するにも悩んでいる時期。 共済会立ち上げに必要な700~800万もの投資を決断ができるわけもなく、ただ、時が過ぎていくばかりです。

ライバルの出現が会社を強くする

そこへ、強力なライバルの出現。家賃保証契約の新規案件がとれないばかりか、 既存の家主もライバル企業へと流れていきます。

このままでは、レキオスの原点である「家賃保証」事業が立ち行かなくなり、 やがて倒産の危機に瀕することは誰の目にも明らかです。 社内でも「家賃保証」事業の存続を巡り、意見が分かれることが多くなりついにレキオス共済会(現:レキオス少額短期保険株式会社)を決断することになります。

頭では分かっているのに、心が動かず、来るべき課題を先送りしつつあった宜保社長に、 覚悟を持たせ、経営者そして企業としての成長を促したのは、他ならぬライバル企業の存在だったとは、 世の不思議や人生の機微を感じます。

アクセルを踏み込むため プロ人材を求める

平成15年に新都心(おもろまち)に本社を構え、平成20年から那覇市をはじめとする7つの市町村の障がい者サポート事業を受託。 平成24年におもろまち駅前ビルが完成し、平成26年に東京営業所設立。 そして、平成27年には、レキオスモバイル事業を開始するなど、社会に暮らす人々の夢と希望と安心・安全を実現する「住環境総合支援企業」として、 成長を続けるレキオス。

しかしながら、宜保社長曰く、「前へ向かってアクセルを踏むときは、部下を待ってはいられない。 それでも部下との引力が消えない、ぎりぎりのところで待っています。 ですから、アクセルを踏みながら、ブレーキも踏んでいるという感覚です」という現状がそこあります。

このことは、自社の可能性を十二分に活かしきれていない。ということであり、 レキオスにとっても、そして沖縄県にとっても、もったいない状態にあるといえます。 また、お話を通して、しばしば出てくる「大人がいない」「本物が必要だ」というキーワードは、 宜保社長の心の声ともいえるでしょう。

レキオスにこそ、大人として余裕のある人材。本物の仕事を伝えられる人材。新たな価値を生み出せる人材。そう、まさに「プロフェッショナル人材」のみなさまが求められ、活躍できる場があるのです。

・新規事業を立ち上げて軌道に乗せる経験を多数積んでいるプロフェッショナル。
・不動産やモバイルなどの事業運営を高度にモデル化できるプロフェッショナル。
・自身の知識や経験と自社の資源を活かして事業提案をできるプロフェショナル。

スタジアムを活用し、新たな価値を創造する

冒頭に 「レキオス・スタジアム へ ようこそ!」 と書いたのには理由があります。
スタジアムには無限の可能性があります。サッカーやラグビー、ライブやコンサート、 運動会やイベント、その使われ方は多様でドキドキ感に満ち溢れています。 スタジアムには無数の期待感があります。選手や監督、大人や子供、ファンやスタッフ、 そこに集う人の思いは多様で、ワクワク感に満ち溢れています。

プロフェッショナル人材のみなさまが、

どのように仕事に従事し、どのような役割を見出すのか?
どのように可能性を広げ、どのような期待に応えるのか?
どのように事業を展開し、どのような社会を形づくるのか?  その答えは、無限です。

沖縄県民のホームグランドをつくる レキオスグループ

可能性やドキドキ感、期待感やワクワク感、この両方は、とても大切です。しかし、スタジアムで最も大切なこと、 それは、ホームグランドとしての役割つまり安心感です。 サッカーでも、ホーム&アウェイというようにホームはとてもありがたく、そして温かいものです。

ホームグラウンド。「帰れる場所がある」 という安心感があるからこそ、 多くの人は新たなことへとチャレンジしていけるのではないでしょうか。

プロ人材のみなさま!可能性と期待感、そして安心感に溢れる株式会社レキオスで、
自身の創造性の翼を広げつつ、沖縄で暮らす人々の未来を一緒につくっていきませんか?

(文責:沖縄県プロフェッショナル人材採用促進・定着支援事務局 マネージャー 白井 旬)

会社名: 株式会社レキオス(レキオスグループ)
H P: http://www.lequios.co.jp/
資本金: 2億7,248万円
売上高: 29億4,399万円(平成27年現在)
代表者: 代表取締役CEO 宜保 文雄
社員数: 105名(パート・アルバイト含む)
本 社: 沖縄県那覇市おもろまち4-19-16 レキオスビル
事 業: リスクマネジメント事業クオリティアップ事業ストラテジーインベスト事業
 
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